複雑系と全体知の回復
「はじめに」20世紀の終わりを目前にして, 現在, 世界のいたるところで大きな変革が進行しつつある. あるいは, 変革のためのさまざまな試みがようやく始まったばかりというところもある. いずれにせよ, ここ数年来, いよいよ二千年という歴史の大きな転換点にさしかかっていることをひしひしと実感せずにはいられない. 5年前には, 日系アメリカ人の書いた『歴史の終わり』という本が日米両国でベストセラーとなり, ひとしきり終末論的な話題が新聞雑誌の紙面を賑わせたことはまだ記憶に新しい. ちょうど百年前の西欧では, 19世紀末から今世紀の初頭にかけて, 文学や芸術の上で, それまでの古典的な伝統や表現形...
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Veröffentlicht in: | 医学図書館 1997, Vol.44 (2), p.182-188 |
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1. Verfasser: | |
Format: | Artikel |
Sprache: | jpn |
Online-Zugang: | Volltext |
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Zusammenfassung: | 「はじめに」20世紀の終わりを目前にして, 現在, 世界のいたるところで大きな変革が進行しつつある. あるいは, 変革のためのさまざまな試みがようやく始まったばかりというところもある. いずれにせよ, ここ数年来, いよいよ二千年という歴史の大きな転換点にさしかかっていることをひしひしと実感せずにはいられない. 5年前には, 日系アメリカ人の書いた『歴史の終わり』という本が日米両国でベストセラーとなり, ひとしきり終末論的な話題が新聞雑誌の紙面を賑わせたことはまだ記憶に新しい. ちょうど百年前の西欧では, 19世紀末から今世紀の初頭にかけて, 文学や芸術の上で, それまでの古典的な伝統や表現形式に反逆したり, 終末論的懐疑や絶望を色濃く映し出したりする「世紀末的」風潮が世間を不安な気分にさせていたことも周知のことであろう. しかし, いまわれわれが経験している「世紀末」は, たんに一世紀の終わりというだけではなく, 千年という歴史の一大単位の転換である. 千年という単位については, 古来, キリスト教に「千年周期説」(millenarianism)という歴史観があり, キリストが昇天してから千年目に地上に再来し, まず義人が復活して, 地上にキリストの君臨する平和に満ちた千年王国が誕生し, その後も千年単位で一般信徒の復活や, 神による最後の審判が続くという説を唱えた. 目下の千年期末は, たんに退廃的風潮というような, 暗いだけの, いわば一過性の社会現象に止まらず, もっと根本的な文明的変革が兆しているように思われる. |
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ISSN: | 0445-2429 |