安全と安心

いつの時代でも, 子どもがというより, すべての人たちが生活し, 生きていくことは安全なことではありません. しかし, 私たちは安全な環境で安心して生活することを望んでいます. 安全は代価を要します. そして安全度を高めるためには等比級数的に経費がかかります. 例えば, 通学路を考えた場合, 車の通れない道を作ると安全係数はかなり高くなります. しかし, それでも100%安全とは言い切れません. さらに安全を求めると, 転んでも怪我をしない舗装が必要になり, 誘拐を防ぐために監視人が必要になります. このような条件を満たす通学路を全国的に作るためには天文学的な費用がかかります. 安全を求めるこ...

Ausführliche Beschreibung

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Bibliographische Detailangaben
Veröffentlicht in:小児保健研究 2007-11, Vol.66 (6), p.731-731
1. Verfasser: 村上睦美
Format: Artikel
Sprache:jpn
Online-Zugang:Volltext
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Beschreibung
Zusammenfassung:いつの時代でも, 子どもがというより, すべての人たちが生活し, 生きていくことは安全なことではありません. しかし, 私たちは安全な環境で安心して生活することを望んでいます. 安全は代価を要します. そして安全度を高めるためには等比級数的に経費がかかります. 例えば, 通学路を考えた場合, 車の通れない道を作ると安全係数はかなり高くなります. しかし, それでも100%安全とは言い切れません. さらに安全を求めると, 転んでも怪我をしない舗装が必要になり, 誘拐を防ぐために監視人が必要になります. このような条件を満たす通学路を全国的に作るためには天文学的な費用がかかります. 安全を求めることは経費の増加を意味し, これらは社会問題です. 一方, 安心は個人的なものであり, また数量化することができません. 安心の尺度はみんなそれぞれ違いますし, 安心には, 安心できるか, 安心できないかの二者択一的な面があり, 感覚的なものです. 医療においても, 現在の医療水準や各個人の多様性を考えると, 本質的に不確実なものです.
ISSN:0037-4113