大脳新皮質は哺乳類に特有か

1. 鳥類と硬骨魚類の終脳 一般に大脳新皮質はいわゆる「高等な」機能をもつ部位であると信じられている. そのため長い間, 大脳新皮質は系統発生の本幹を形成する原始的な「魚類-両生類-爬虫類-哺乳類」の発生過程で生じてくる哺乳類特有のもので, 本幹から遠く離れて適応放散に成功した現代的な魚類や鳥類には存在しないと信じられてきた. すなわち, 鳥類の終脳はその大部分が哺乳類の基底核(線条体)に相当するものであり, 魚類の終脳は専ら嗅覚機能にのみ関与するもので, 大脳新皮質に相当するものは無いと信じられていたのである. さらに, 鳥類と硬骨魚類の終脳には哺乳類の大脳新皮質のような6層構造を示す部位は...

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Veröffentlicht in:Journal of Nippon Medical School 2000, Vol.67(3), pp.219-219
1. Verfasser: 伊藤, 博信
Format: Artikel
Sprache:jpn
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Zusammenfassung:1. 鳥類と硬骨魚類の終脳 一般に大脳新皮質はいわゆる「高等な」機能をもつ部位であると信じられている. そのため長い間, 大脳新皮質は系統発生の本幹を形成する原始的な「魚類-両生類-爬虫類-哺乳類」の発生過程で生じてくる哺乳類特有のもので, 本幹から遠く離れて適応放散に成功した現代的な魚類や鳥類には存在しないと信じられてきた. すなわち, 鳥類の終脳はその大部分が哺乳類の基底核(線条体)に相当するものであり, 魚類の終脳は専ら嗅覚機能にのみ関与するもので, 大脳新皮質に相当するものは無いと信じられていたのである. さらに, 鳥類と硬骨魚類の終脳には哺乳類の大脳新皮質のような6層構造を示す部位はおろか, 層構造そのものをもつ部位すら存在しない. このことも鳥類と硬骨魚類には大脳新皮質が無いという誤った概念を形成する大きな要因となった. 鳥類と硬骨魚類の終脳が層構造をもたないのは, これらの動物の終脳の特異な発生様式に起因している. 脊椎動物の終脳の一般的な発生様式は, まず左右の神経板が神経ヒダとして隆起し, 背側正中部で閉じて神経管を形成する. 次に, 神経管の吻側部分の背側正中部分(蓋板)が腹側に折れ込んで左右一対の側脳室を形成し(inversion), それを基本として出来上がってくる, 両生類, 爬虫類, および哺乳類の終脳ではこの基本型が維持される. ところが, 鳥類では左右の側脳室を形成した後, 側脳室の背外側壁を構成する部分が脳室腔に向かって極度に膨隆し, 背側脳室隆起(dorsal ventricular ridge)と呼ばれる構造を作るため, 側脳室は終脳の内側部に押し付けられ, 極めて狭いスリット状の隙間になる. このため終脳全体としては実質性のものとなっている. また, 硬骨魚類の終脳はeversionと呼ばれる特異な発生をする. すなわち, 神経管吻側部の蓋板が腹側に折れ込むのではなく, 左右に展開し, 神経管の左右の翼板が反転し, 背側部の脳室壁は終脳の背外側部に位置するようになる. この結果, 左右の側脳室は形成されず, 終脳表面が蓋板由来の膜で覆われたT字型の共通脳室となる. このようにして鳥類と硬骨魚類の大脳半球は側脳室をもたない実質性のものとなり, あたかも新皮質は存在しないような構造となる. しかしながら, 1960年代から1970年代の初頭にかけて飛躍的に発展した動物行動学は, 鳥類や硬骨魚類の行動が大変「人間的」であることを示唆していた. 葛藤場面での鳥類の行動は驚くほど人間のものとよく似ているし, シクリッド科の魚の感情表現は私たちにも充分了解可能なものである. 水槽で飼育しているカワハギなどを観察していると, 群れの中のそれぞれの個体は, 互いに他の個体の大きさや, 頭部の棘(第一背鰭棘)の位置, 体表に現れた紋様, などを見分け, コミュニケーションを行っていることが分かる. 鳥類や硬骨魚類が大脳新皮質をもたないとしたら, これらの極めて複雑な行動はどのように説明出来るのであろうか. この大脳新皮質の系統発生に関する誤った概念は奇妙な経緯を経て見直されることとなった. 2. 二つの視覚系 1969年にG. E. Schneiderは「二つの視覚系」の概念を提唱した. すなわち, 「網膜-外側膝状体-一次視覚野という膝状体系視覚路は視野内の対象物が何であるかという認識に関与し, 網膜-上丘-視床枕-二次視覚野という非(外)膝状体系視覚路は対象物が視野内のどこにあるかという定位機能に関与する」というものである. (現在, 哺乳類の視覚機能に関する研究は, 網膜神経節細胞の形と大きさ(タイプ)に基づく外側膝状体背側核から大脳皮質視覚領への分離した投射系に重点が置かれている. しかしながらこれらの機能区分の土台となった最初のアイデアは「二つの視覚系」である. )この概念は視覚系の形態と機能をみごとに結び付けたものであったために, 各方面に大変強い新鮮なインパクトを与えた. 当時の比較神経学者達もこの「二つの視覚系」に関して瞬く間に系統発生的な検証を行った. すなわち, 鳥類は1969年にHJ. Kartenによって, 爬虫類は1970年にW. Hall and F-Ebnerによって, 両生類は1970年にW. Riss and J. S. Jakwayによって, 軟骨魚類は1972年にSO. E. Ebbessonによって, それぞれ「二つの視覚系」が証明された. 硬骨魚類の視覚系に関しては1983年に私達によって解明されたが, 奇妙なことにスズキ型の現代的な魚類では非膝状体系のみが存在し, 膝状体系が欠落していた. さらに, 原始的硬骨魚類であるチョウザメでは「二つの視覚系」が存在するが, 視床から終脳への投射部分で二つの系が混在していた. 3. 無層性皮質の可能性 いずれにしてもこれらの結果は, すべての脊椎動物が哺乳類の大脳新皮質視覚野に相当する部位をもつことを示している. また, 硬骨魚類においても鳥類と同様に, 視覚以外の多くの感覚系が終脳まで上行することが次々に証明され, 大脳新皮質の系統発生に関する概念の見直しをせまられている. 6層構造をもたない無層性の大脳新皮質は存在するのであろうか?現在私たちは次のように考えている. すなわち, 「空中や水中を3次元的に移動する鳥類と硬骨魚類では頭蓋腔の大きさが制限されるため, 6層構造をもつシート状の大脳新皮質は形成されない. 脳の容積を増やさずに大脳新皮質と同等の機能をもつために, 新皮質と同様の神経細胞からなる無層性神経回路が形成されており, この回路はいくつかの異なる種類の感覚情報が処理される際に共通に利用されている可能性がある. 」(受付:2000年2月4日)(受理:2000年2月18日)
ISSN:1345-4676
1347-3409
DOI:10.1272/jnms.67.219