シクロデキストリン製剤を追い求めて
研究室の歩み 製剤学研究室は昭和48年4月12日付で熊本大学薬学部の13番目の講座として設立され, 当時の学部長であった一番ヶ瀬尚先生(現熊本大学名誉教授)が製剤学教室の教授を兼任されました. 同年7月, 上釜兼人先生が名古屋市立大学から助教授として赴任し, また10月に平山文俊が九州大学から助手として着任し, 研究教育活動を開始しました. しかし, 当時は研究室新築の目処が立たず, 構内の空き部屋を間借りした不自由な生活が続きました. 昭和53年, オイルショックの後遺症で予算が大幅に削減されましたが, 念願の研究室が新築され, 研究活動に必要なスペースを確保する準備が整いました. 昭和54...
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Veröffentlicht in: | 薬剤学 2004, Vol.64(6), pp.346-349 |
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1. Verfasser: | |
Format: | Artikel |
Sprache: | jpn |
Online-Zugang: | Volltext |
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Zusammenfassung: | 研究室の歩み 製剤学研究室は昭和48年4月12日付で熊本大学薬学部の13番目の講座として設立され, 当時の学部長であった一番ヶ瀬尚先生(現熊本大学名誉教授)が製剤学教室の教授を兼任されました. 同年7月, 上釜兼人先生が名古屋市立大学から助教授として赴任し, また10月に平山文俊が九州大学から助手として着任し, 研究教育活動を開始しました. しかし, 当時は研究室新築の目処が立たず, 構内の空き部屋を間借りした不自由な生活が続きました. 昭和53年, オイルショックの後遺症で予算が大幅に削減されましたが, 念願の研究室が新築され, 研究活動に必要なスペースを確保する準備が整いました. 昭和54年3月に上釜先生が教授に昇任, 昭和55年4月, 小田切優樹先生が東京薬科大学から助教授とし着任し, 同年7月入江徹美先生が教務員として発令され, 製剤学講座の教育研究体制が拡充されました. 昭和58年12月, 小田切先生は一番ヶ瀬尚先生の後任教授として薬剤学講座に転出され, 平山文俊は助教授, 入江先生は助手に昇任しました. |
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ISSN: | 0372-7629 2188-3149 |
DOI: | 10.14843/jpstj.64.346 |