私どもの心臓血管外科の歩み

心臓血管外科は過去10年余の間に隔世の進歩を遂げたといえよう. 心臓外科発祥の他Minnesota大学外科教室に学んだ1957年当時, この分野はまだ泥沼の状態にあつた. C.W.Lilleheiらを中心とする心臓外科医らは, そこに何らかの光明を見いだそうとして, 考えられるすべての可能性を検討することを強いられた厳しい時代であつた. しかし, その後の進展は意外に早かつた. 当時私ども心臓血管外科チームの一員であつたC.Barnardは, 本年初頭南阿において人類初の心臓移植に成功した. 喜びは私どもの周辺にも訪れてきた. 例えば, 私どもの経験した心臓手術はわずか250例に過ぎないが,...

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Veröffentlicht in:医療 1969/08/20, Vol.23(8), pp.969-991
1. Verfasser: 田宮, 達男
Format: Artikel
Sprache:jpn
Online-Zugang:Volltext
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Beschreibung
Zusammenfassung:心臓血管外科は過去10年余の間に隔世の進歩を遂げたといえよう. 心臓外科発祥の他Minnesota大学外科教室に学んだ1957年当時, この分野はまだ泥沼の状態にあつた. C.W.Lilleheiらを中心とする心臓外科医らは, そこに何らかの光明を見いだそうとして, 考えられるすべての可能性を検討することを強いられた厳しい時代であつた. しかし, その後の進展は意外に早かつた. 当時私ども心臓血管外科チームの一員であつたC.Barnardは, 本年初頭南阿において人類初の心臓移植に成功した. 喜びは私どもの周辺にも訪れてきた. 例えば, 私どもの経験した心臓手術はわずか250例に過ぎないが, それでも最近では, この手術も消化器外科にも似た平易さと安全性が保証されるようになり, 乳幼児開心術, Fallot四徴症根治術, 弁移植術なども高い成功率を収めるようになつた. しかし, そのような向上を導き出した因子は, 今想えば, まさにコロンブスの卵にも似たごく平凡な思い付きや改良の集積に過ぎないのではなかろうか. このたび, 山口寿会長から, この分野について報告するよう過分のお言葉を賜つたとき, この平凡なものの集積が今日の心臓外科を形造つてきたことを, 体験を通して私なりに記してみようと考えた,
ISSN:0021-1699
1884-8729
DOI:10.11261/iryo1946.23.969